[PEAKチャレンジ] マビノギ英雄伝は、死にながら覚えていくゲームだった

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[PEAKチャレンジ] マビノギ英雄伝は、死にながら覚えていくゲームだった

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マビノギ英雄伝を初めて遊んだとき、最初に思い知らされたことがあります。このゲームは、死にながら覚えていくゲームなんだということです。

今日は、数えきれないほど倒されてようやくボスのパターンが見えてきた、マビノギ英雄伝のボス戦について書いてみようと思います。

マビノギ英雄伝を始めて、序盤のダンジョンを回っていたころは、そこまで難しいとは感じませんでした。モンスターを殴って、避けて、スキルを使って、そのまま進めばよかったんです。操作感は軽快ですし、アクションも派手で、とにかく楽しい。それで「このくらいの難易度なら十分いけそうだな」と思っていました。

ところが、初めてボスダンジョンに入った瞬間、空気ががらっと変わりました。マビノギ英雄伝特有の圧倒的な存在感を持つボスモンスターは、戦闘の没入感もスリルもかなり強いんですが、初見の自分にはその威圧感がそのまま恐怖でした。ボスがパターンを使ってくるのに、どこへ避ければいいのかまるで分からない。被弾すれば体力は一気に削られる。結局、初戦はクリアすらできずに終わりました。悔しいし、少しあきれるし、「このゲームって最初からこんなに厳しいのか」と本気で思いました。

あとから分かったのですが、それこそがマビノギ英雄伝の個性でした。今でも国内のほかのRPGと比べると、プレイ難度は比較的高めですし、かなり早い段階から初心者にじわじわ圧をかけてくるのがこのゲームの特徴です。最初はその圧がひたすら窮屈に感じるんですが、続けているうちに、それがそのまま面白さなんだと分かってきます。

マビノギ英雄伝でいちばん長く足止めを食らったボスは、グラスギブネンでした。シーズン1を代表するレイドボスで、初めて入ったときの衝撃は今でも覚えています。ボスの巨体は画面を埋めるほど大きくて、広範囲攻撃のパターンが来るたびに、どこにいても当たるんじゃないかと思えるほどでした。

一度目の死は、単純にパターンを知らなかったからです。広範囲攻撃が来ることすら分かっていなかったし、避けるという発想そのものがありませんでした。二度目の死は、分かっていたのに反応が遅れたから。パターンが来ると分かっても、体がついていかなかったんです。三度目の死は、避けたつもりだったのに攻撃判定が思った以上に広かったから。四度目は、パーティメンバーと位置が重なって、一緒に被弾しました。

毎回違う理由で倒されていたのに、それがむしろボスを知っていく過程でもありました。死ぬたびに、今回はどこでやられたのか、どのパターンだったのか、自分はどこにいるべきだったのかを頭の中で整理するようになったんです。最初は腹が立っていたのに、あるところから死ぬこと自体が情報になっていました。

マビノギ英雄伝のボス戦の肝は、パターンが決まっていることです。ランダムに暴れているわけではなく、特定の状況で特定のパターンが出る作りになっています。体力帯ごとにパターンが変わり、条件を満たすと強化パターンが出てくる、という具合です。最初のうちはこれがまったく見えないのに、何度か死んでいるうちに一つずつ目に入るようになってきます。

ボスが特定のモーションを取ったときにどんな攻撃が来るのか、どの方向へ避けるべきか、味方と位置が重なるとどうなるのか。そういうことが、死ぬたびに少しずつ整理されていきました。最初はボスしか見えていなかったのに、ある瞬間からボスの周囲の床に出る警告エフェクトが見えるようになったんです。その警告エフェクトが見え始めた瞬間、ゲームの見え方が一気に変わります。

エフェクトが見えれば、どこへ避けるべきかが分かる。回避のタイミングがつかめるようになると、今度は反撃のタイミングまで見えてきます。手動操作が前提のマビノギ英雄伝では、このタイミングを体に染み込ませる過程こそが、結局ボス攻略のすべてなんです。頭で理解するだけでは足りなくて、手が先に動くところまで持っていかないとクリアできない。そこにたどり着くまでには何度もの死が必要で、その一つ一つにちゃんと意味がありました。

マビノギ英雄伝のレイドボスには、もう一つ特徴があります。一人ではクリアできないことです。パーティメンバーとの呼吸が合ってこそ、ようやくボスを倒せます。自分がパターンを全部覚えていても、味方が妙な位置にいて一緒に広範囲攻撃を食らえば、それで全滅ですからね。

グラスギブネンのレイドで、初めてパーティの噛み合いがきれいだったときのことを覚えています。それぞれがポジションを保ちながら、ボスのパターンに合わせて全員で動く。強化パターンが来たときには、お互いに位置を伝え合いながら対応する。その流れがぴたりとはまる瞬間があるんです。そのときは、ボスが難しいという感覚よりも、「今、自分たちかなりうまくやれているな」という感覚のほうが先に来ました。レイドはただボスを殴る場ではなく、パーティ全体が一つのリズムで動くものなんだと、そのとき初めて実感しました。

何回死んだのかもう数える気にもならないくらい挑戦した末に、初めてグラスギブネンをクリアしたときは、正直、画面の前で一人で声が出ました。パーティメンバーと一緒に、ボスの最後の体力が0になるのを見た瞬間、今までの死に全部意味があったんだと思えたんです。一つ一つの死は、結局あのクリアの瞬間にたどり着くための過程だったんですよね。

マビノギ英雄伝のボスクリアがくれる達成感が、ほかのゲームと少し違う理由はそこです。ただスペックが高ければ簡単に勝てるわけではなく、パターンを体で覚えて、判断力を磨いていかないと突破できない作りになっているんです。だからこそ、クリアしたときには「自分は本当にこのボスに勝ったんだ」という感覚が、かなりはっきり残ります。

マビノギ英雄伝が古いゲームなのに今でも残っているのには、ちゃんと理由があります。死にながら学んで、学んだことを使って勝ったときのあのしびれる感覚は、このゲームならではだからです。パターンを覚える過程は大変ですし、死ぬのが嫌になることもあります。でも、それを越えてクリアした瞬間の快感が、そういう面倒くささをまとめて吹き飛ばしてくれます。

初めてボスを見たときの怖さ。何十回も死にながら積み上げたパターン理解。パーティメンバーと呼吸が合う瞬間。そしてクリア画面を見るその瞬間まで――その全部が、マビノギ英雄伝にしかない体験です。ボスクリアで本当の達成感を味わいたい人にとって、マビノギ英雄伝は今でも十分に遊ぶ価値のあるゲームだと思います。

マビノギ英雄伝でいちばん長く苦戦したボスがいたら、ぜひコメントで教えてください。皆さんのクリア話も聞いてみたいです。